私たちの人生、経験を糧に教訓を得るということが、ある意味で大人になることの大きな要素ですが、内省的に経験からプラスの教訓を学ぶことができず、トラウマになる人も少なくないように思う。
 
 

逆立ちした「自己投影」

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 以前に取り上げました「学校教育と男女交際」についての、新たな展開がありましたので、少し考えてみたいと思います。
 女生徒の過剰な妄想はどこから来たのか?ということの一端が、図らずも明らかになったようです。

自立とはどういう事をいうのか

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 これまでに無造作に「自立した女」とか「精神的に自立する」という言い方をしてきましたが、お読みになっている方はそもそも自立とは何か?ということが曖昧かな、という気もします。
 自立を分類する場合、経済的な自立、生活の自立そして精神的な自立という分け方をするようです。

少女セシルが女に変わるとき

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 石川ひとみのLPの歌詞を整理していて、三浦徳子の歌詞に引きつけられました。
 わたし的にものすごくリアリティーを感じる表現となっており、エスプリの効いた詩です。

 「雨に誘われて」というメタファーですが、一歩踏み出すという感覚でしょうか。
 清水の舞台から飛び降りるというほどのことではなく、一歩踏み出して、雨に打たれる。

 雨とは、文字通り「濡れ場」の意象を持ち、穢れるというほどのことはなくただ濡れるだけ。
 この言葉で、少女セシルが少女ではなく大人の女に変わるシーン的な切り替えを表象しています。

 その歌詞とは、...

恋愛の賞味期限、というものの意味(1)

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 これまで私は生物学的な男女の区分ではなく、オトコ性/オンナ性という意味で男性・女性という言葉を使ってきました。

 先日、NHKのTVでオトコとオンナでは、脳の発達の仕方が異なるという最近の研究結果を放映していました。大事な話だと思いますので、文字情報として残しておきたいと思います。

愛されることの衝撃

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 叱られることと愛されることは、人の心を育てていく上で重要な事件ですね。以前に叱られることについて触れましたが、その続きを中断したままになっていますので、取り上げておきます。
 初めに親の育て方についてひと言申し上げておきたいのですが、決してよい子に育てようと思うな、と言いたいのです。

男女のコミュニケーションの限界(2)

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 前回の話を素材に、すすめて参ります。

 男女のコミュニケーションの限界を解説する前に、そもそもコミュニケーションというのは擬似的理解でかろうじて成り立っているに過ぎない、ということです。
 擬似的という表現が曖昧かも知れませんが、はっきり言えば「誤解」です。

男女コミュニケーションの限界

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 歌謡曲に見る女性の心情を書いてから、別ブログを作って、関連記事はそちらにアップするようにしました。
 「ていすとオブFavorite

 今回はコミュニケーション能力とその限界について、自分の体験から発展させてみたいと思います。

書かなかった泰葉記事、女性の自立

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 前回、本当は泰葉さんの記事を書こうと思っていたのですが、いろいろ火種が残っているようですので、芸能ネタになるのを避けるために取りやめにしました。
 他者の話を材料にすると、どうしても背後の状況が分からずに憶測になってしまいますので、詳細に論じることはできません。それで、時効となった古い過去の経験を素材にしました。

(続)エデンの東、アブラ的女性像

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 アメリカ版「戦争と平和」がオードリー・ヘップバーン映画であったように、『エデンの東』はジェームス・ディーン映画になっていますが、一番輝いているのは二人の兄弟を愛したアブラではないだろうか。

反逆、ジェームスディーン的なるもの

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 ヘッダーを模様替えしました。
 映画『エデンの東』から、ジェームス・ディーンです。

 元祖「反逆のカリスマ」ですが、この映画や「ジャイアント」で彼が演じていたのは、反逆ではなく「自立していく男」です。反逆とは、自立していく過程で起こる現象なのです。

インド音楽、父と娘 Ravi Shankar & Anoushka Shankar

Ravi Shankar(ラビ・シャンカール) はいわずと知れた世界的に有名なシタール奏者ですね。


私がシタールを習っていたのはベナレスでもっとも有名なDasaswamedh Ghat の近くであり、Ravi Shankarの家まで自転車で行けるよと教えられたことがありました。

 Ghat(ガート) というのは、ガンジス川の沐浴場であり、また火葬場でもある場所です。

この動画で使っているシタールは、ベナレス出身のRhada Krishna(ラーダ・クリシュナ) のシタールです。私も、カルカッタにあるRhada Krishna の工房&ショップまで行って、シタールのストラディバリウスといわれる名品を買ってきました。懐かしいです。

前回出てきたタブラ奏者のザキルのデビューはなんと13歳です。父への出演依頼に、自分の代わりに息子を推薦したのですが、すでに一流奏者としての腕を認めていたわけです。

 ザキルはリザーブなしの切符一枚で、列車に乗って演奏会場のあるパトナに向かいました。

 座席を予約していないため、列車の椅子に座る事ができずに、通路にあぐらをかいてタブラをひざの上に抱えてベナレスの東にあるパトナに行ったそうです。

インド音楽にみる「子が親を超える」とき

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 しばらくはe-Book を書き上げる事に専念したいと思いますので、当面はYouTube 紹介で、軽くいきます。手を抜いているわけではありませんので、よろしく。

 3回連続で、インド音楽を紹介します。
 最初は、名門カーン家の長男とその息子です。父は伝説のUstad Allaudin Khan で、Ravi Shankar のグル(導師)でもあります。

母子関係、自己犠牲という母親支配

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 つい最近の事ですが、娘の友達(女性)が自殺をしました。
 亡くなった2日後に、「さようなら」という携帯メールが届いたとか。

 以前から話を聞いていて、危惧していたのですが、いろいろとあるようです。
 『手紙』を

YouTube

 で探していて、ふと石川ひとみさんの名前を見つけてしまいました。

 彼女の隠れファンがたくさんいることを知り、ついつい

 『まちぶせ』を10回も聴いてしまい、そのほかの映像も見ていて、深夜の2時過ぎになってしまいました。そこで、急遽女性の歌詞版を書いたのですが...
 さすがに、この人は分かっているなと思います。

 由紀さおり『手紙』 (作詞・なかにし礼)

 男の作詞家が女性歌手の歌詞を作る場合、自分の理想とする女性を描くのだと思います。

 ですから、そんな歌詞を女性が深く読めば、男が求めている「いい女」というものがどんな女なのか分かってきますね。

歌謡曲にみる男の心情(1) 冬のリビエラ

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 少し硬い話をまとめてアップしましたので、今回はブログっぽく楽に書きます。

 私は男ですので、男性作詞家が書いた歌詞に共鳴を覚えるものが多く、女性作詞家の歌詞ではグッとくるものはあまりありません。

>男というのは、精神的に動揺したり、こころに傷を負ったりすると、黙りこくってしまいます。
>自分の殻に閉じこもって、本来の自分を取り戻そうとするのです。

 と書いていて、森進一の『冬のリビエラ(作詞:松本 隆)を思い出しました。

(曲が聴けなくなっておりますので、YouTubeから引っ張ってきました。)


 

グローバル化時代の教育

 社会というのは常に変化しています。

 歴史的に見て、現在の日本は女性原理社会へとパラダイムをシフトしつつあります。これは歴史
的に見られる周期的な変化の一環だと思います。

 古来、狩猟採取の縄文時代は男性原理社会、農耕が定着した弥生時代は女性社会、大和朝廷が成立して男性社会となり、平和が続いた平安時代前後は女性社会、戦争の多かった武家政権時代は男性社会、徳川中後期時代は安定した全国統一が固定した女性社会、幕末から明治は男社会、大正から昭和初期は女性社会、そして太平洋戦争前後までは男性社会、戦後教育が一巡して女性の社会進出が進み女性社会へと変わりつつある、という流れがあります。

学校教育と男女交際(12)成熟と自立への諸問題

成熟と自立への諸問題

 一週間後、出席停止処分の解除式が行われました。

 処分申し渡しを、解除に差し替えた、同じ形式のものです。
 式そのものは形式を整えるためのものですので、改めて言うべき事はありません。

 ただ、先生方のお話で、2、3触れておかねばいけないかなと思うことがありますので、簡単に記しておきます。

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