001 自分とは:性格と人格の形成の最近のブログ記事

 私たちの人生、経験を糧に教訓を得るということが、ある意味で大人になることの大きな要素ですが、内省的に経験からプラスの教訓を学ぶことができず、トラウマになる人も少なくないように思う。
 
 これまでに無造作に「自立した女」とか「精神的に自立する」という言い方をしてきましたが、お読みになっている方はそもそも自立とは何か?ということが曖昧かな、という気もします。
 自立を分類する場合、経済的な自立、生活の自立そして精神的な自立という分け方をするようです。

 自分を性格分類で判断しようとすると、無理があり、訳が分からなくなる。

 だったら、どうすればよいのでしょうか?

 それには、一度自分の精神史を、
 過去の事実として
 目をそらさずチェックしてみること...
 
 過去の校正をしてみること、なのです。

 これは、自分を正当に理解するために非常に有益であるだけでなく、
 あなたが気づいていない性格的な偏りの部分を補正する
 重要なきっかけを得ることが出来るのです。

 『恐ろしいほど当たる四柱推命』...三笠書房[ 王様文庫 ] には、

 「偶然は一切ありません。
  その選択も、その決断も、
  この四柱推命で判断できるのです。」 と、印刷されていました。

 もっとも、女性は「自分に都合の良い運勢だけを信じる」という方が多いようです。

 良い暗示を受ける分にはいいのですが、
 悪い暗示を気にすると、そうなってしまう

 ...というのが、潜在意識の恐るべき働きです。

 運勢学などでは、
 その人の生年月日や姓名の画数などから、
 その人の性格ばかりでなく運勢まで、
 すでに決定されているという前提に立っています。

 それに対して、エニアグラムでは、人の性格は9つの型に分類できるので、
 自分でどれに当てはまるのか、判断しなさいという立場をとっています。

 そのどちらの考え方も、私はとりません。
 大多数の人は、暦や雑誌、あるいはネットなどで自分の運勢判断を読んだことがあるのではないでしょうか。

 そのばあい、自分の該当項目だけしかお読みにならないと思います。どこの誰か分からない他人の運勢にまで興味は持ちませんね。
 ただし、好きな人との相性診断みたいな形では、他の人の診断を試みるかと思います。

 人間関係を理解したいと思うのでしたら、すべての性格タイプを知っておくことは重要です。
 ただし、その分類を絶対的なものだと考えてはいけません。
 ましてや、友人・知人にレッテルをペタペタ貼ってしまう「軽率なレッテル張り」にならないでください。

 ここで学ぶべき事は、
 (1) 自分とは性格・価値観が違う人がいるので、その違いを認め、受け入れること。
 (2) では、どのような性格・価値観の違いがあるのか?

 ...ということです。
 自分を理解することは、メビウスの輪のような、錯覚構造があると前回述べました。

 このことについて、少しばかり考えてみたいと思います。

 ひとの性格はそれぞれ偏りがありますが、
 それはその人が身につけてきたものの見方・受け止め方に偏(かたよ)りがあるためです。
 そのために、自分を理解し評価する場合でも、どうしても偏りが出てくる。

 (当然のことですが、ひとを理解し評価する場合でも、この偏りが出てきます)
 人間関係における人生最大の「事件「」とは、他者(ひと)から叱られたり批判されたりするること、そして他者から愛されることでしょう。

 この二つのことをうまく受け止め、対応していく事が出来ない人が多くなっているように思います。
 この二つの「事件」の原型は親子関係にあり、そこで身につけたことがあなたの対応・態度となっているわけですね。

 これを良い方向に変えていくためには、新たな価値観で過去の事件を再構築していくことが必要なのです。

 価値観が多様になっているからとはいえ、人として大切で基本的なこと、つまり中心はただ一つでありしっかりと押さえておかねばいけないことがあるわけです。