以前に取り上げました「学校教育と男女交際」についての、新たな展開がありましたので、少し考えてみたいと思います。
女生徒の過剰な妄想はどこから来たのか?ということの一端が、図らずも明らかになったようです。
女生徒の過剰な妄想はどこから来たのか?ということの一端が、図らずも明らかになったようです。
続きを読む: 逆立ちした「自己投影」
前回の話を素材に、すすめて参ります。
男女のコミュニケーションの限界を解説する前に、そもそもコミュニケーションというのは擬似的理解でかろうじて成り立っているに過ぎない、ということです。
擬似的という表現が曖昧かも知れませんが、はっきり言えば「誤解」です。
アメリカ版「戦争と平和」がオードリー・ヘップバーン映画であったように、『エデンの東』はジェームス・ディーン映画になっていますが、一番輝いているのは二人の兄弟を愛したアブラではないだろうか。
『まちぶせ』を10回も聴いてしまい、そのほかの映像も見ていて、深夜の2時過ぎになってしまいました。そこで、急遽女性の歌詞版を書いたのですが...