衝動的に人を駆り立てるもの
(3) 個幻想の自立
最後に検討すべきは、人として彼はどうあるべきだったか、という問題です。これは個人的なも
のの考え方と価値観に深く関わっています。
とは言っても、高校生ですので親がどう育て教えてきたか、という部分が多くを占めるかと思い
ます。
今回の件は、はっきり言って、私のスパルタ教育の悪い面が出てしまったということに尽きます。
私は、保育園児の頃から小学校低学年の頃まで、息子をびんたで躾けました。そういう過去の記
憶が、息子の性格に抑圧された形で潜んでいるのだと思います。
彼は「どうしてあんな馬鹿なことをやってしまったのだろう?」と、「反省できない反省」をして
います。なぜ「できない反省」かというと、対象が潜在意識の問題だからです。
表面的行動と、隠された情動
統合失調症患者でもなければ、人のどんな行動にも、その人なりの理由があります。
ただし、それを自覚しているか、自覚していないかというのは別問題です。
「なぜあんな馬鹿なことをしたのか、自分でも分からない。説明も出来ない」という行動を人にとらせるものが、潜在意識としてこころの中にあるということですね。
彼は、普通では考えられないような特殊な生まれ方をしました。
臨月にはまだ数ヶ月あるという助産院での定期検診で、私は信じられない話を30歳代半ばと思われる助産師さんから聞かされました。
「私にも信じられないことなのですが...」と彼女は話を切り出し、
「お腹の赤ちゃんは、生まれたがっています」というのです。
当時私はある生命科学研究所の責任者であり、自然分娩について調べていました。
気功師でもある助産師さんは「何度確かめても、その(生まれたいという)気が伝わってくる」というのです。
私と助産師さんはかなり長い時間話し合いました。
そして、自然分娩の考えに従い、決然として産むことを選択したのです。
超未熟児の時期ですので、昔であればとても育たない月足らずでしたが、この産院とお付き合い
のある北里病院が隣町にあり、救急車で搬送されました。
何故妊婦である妻を交えた話をしなかったかといいますと、問題が彼女にあったからです。
彼女は長男が生まれた頃から、キッチンドリンカーになっていきました。その話を聞いて、助産師さんは顔をしかめました。酒やタバコは妊婦には禁物ですから。
私もまた、どのような障害を胎児に与えるのかを心配していました。妻も、同じ事を悩みながらも、アルコール依存症は終生改善されなかったのです。
私は、赤ん坊がどのような障害をもって生まれても、それを負って育てていく覚悟を決めて、彼の生誕を象徴する命名をしました。そしてそれは、迷い多く来し方行く末の灯明を求める私自身の希求を意味する名でもあったのです。
赤ん坊は標準体重の半分にも満たない超未熟児として生まれ、長い間保育器で育ちました。この
ことが、彼の精神形成に重い意味をもたらすことを、私は危惧しました。
彼はいつでもニコニコしている、いわゆる「手のかからない」子でしたが、どこか親になつかないところがありました。親に甘えるというところがなく、私自身も愛情が今ひとつ湧いてこないものを感じていました。
微妙な問題でしたが、目をそらすことはいけないと思い、妻にそのことを打ち明けると、「私もそう感じているの...」と言うのです。
私は初めて、彼女に出生のいきさつを話しました。
妻は深くうなだれて、驚くことを打ち明けたのです。
「実は、あの子が障害を持って生まれてくることを恐れて、(生まれてこないように)殺そうとしたの...」と。
それを聞いて、深い怒りと悲しみにとらわれながらも、あの助産師さんが「胎児は生まれたがっている」という意味を理解しました。
母胎という唯一安心して身をゆだねることの出来る環境が、実は自分という生存を脅かすものであり、その母胎を厭い、本来生きる事の出来ない不安と恐怖に満ちた外界に逃げ出した、ということでしょう。
胎児というのは、妊娠初期の段階で、すでに生物としての反応行動を示します。
生まれるということが、超未熟児の胎児にとっては自殺的行為である、という彼の誕生のありように、私はうちふるえる気持ちで呆然とするばかりでした。
普通であれば、赤ん坊は生まれてすぐ母親の乳房に吸い付いて、母子の絆を確認するのです。
しかしこの子の場合はすぐに医学的な処置がとられて、ただの未熟児よりも遙かに長期間保育器
という人間的温もりのない環境にあって、体と心を発達させねばならないという運命を負うことになったのです。
不幸なことに、彼は母親との豊かな絆を築くことが出来ず、母親もまた彼を他の兄弟のようには慈しむことが出来ず、母親に対する渇愛や憎悪入り乱れた気持ち(マザコン)を潜在意識として、持っています。
彼は、兄が「お父さ?ん」と甘えるのを見て、「お兄ちゃん、なんでかわいい声を出してるの?」
と尋ねるのを見たことがあります。
兄は「ゥるせい、バカ!」と言って、彼を後ろ蹴りしました。
その時の、埴輪のような、きょとんとした彼の表情に深い憐憫の情を覚えずにはいられませんで
した。
「甘えることすらしないし、理解できない子供」であることに、親としてとまどうばかりであったことを強く覚えています。
彼は、親の危惧を打ち払うようにすくすくと育ちましたが、どうも躾(しつけ)ができないところがあると感じるようになりました。
上の二人の子は、叱ることがほとんどなかったのですが、この子はいくら口で言っても、教訓化されない。行動に理解不能なところがありました。
たとえば、ゴミをその場にどこにでも捨てる、という事を今でもやります。
一つの躾が教訓化されないために、次のステップに進まない、という感じです。
朝から晩までガミガミ言うのは、子供にとっても親にとっても良くないと思い、ビンタで躾けた、といういきさつがあります。上の2人には手を上げたことは全くないのです。
ところが、小学生の高学年になるころに、あることに私は気づきました。
それは、彼の言語能力が著しく未発達のままだ、ということです。
言語能力が低いと言うことは、すなわち論理思考が出来にくいということです。そして、コミュ
ニケーション能力が未熟である、ということでもあるわけです。
たとえば、数学のちょっとした応用問題ができない。教えてみると、設問の意味が理解できていないということが分かったのです。言葉で思考する、という基本的なレベルで未発達だった。
そして、他者とのコミュニケーション能力でも、同様です。
兄や姉たちも、彼の言うことは何を言いたいのか分からない、聞いていてイライラすると言うのです。
これも例を挙げれば、私がここで言葉を費やして述べていることを、彼は「自分が悪いのに逆切れして、ぶってしまった」と記述して終わり、それ以上の説明が出来ない、ということなのです。
彼の説明を聞いても、そのままでは何も了解できない。親としても何とも言いようがない。時間をかけて、二者択一的に質問をして一つ一つ分析していくと、ここに述べているような彼の精神構造が見えてきたわけです。
生来の原因があって彼の頭が偏っていることを私は認め、なにか個性を伸ばせる部分があるので
はないかと気をつけるようにしました。
人には右脳的な能力と左脳的な能力があり、論理的な思考能力と芸術的な思考能力は反比例する、といいます。論理的な思考は、自由闊達な発想を抑制してしまうからです。
言語能力が低いのは、多分彼の出生に関わる障害なのか、あるいは乳幼児期における母子の接触の欠如にあるかもしれません。
日本の学校教育では、不得手の科目を克服するという「平均得点重視」の指導をしますが、これは10の努力をしても1の結果しか出せない方法です。
反対に、得意なことを思い切りやらせると、10の努力が20、30の結果を生み出すということが分かっている。
息子の通った小学校でも中学校でも、私は個性を生かす指導をして欲しいと要望しましたが、学校の先生は「分かりました」という返事はしますけれど、実際には忙しすぎるのか十把一絡げの指導しかしません。不得手克服の話にしかならない。
私は、言語能力が低いのであれば、何か右脳的な潜在能力があるはずだと考え、何でも良いから、その特質をむしろ生かせればいいなと考えました。
昔から、大成するには「コケの一念」が大事、といいます。小賢しい人間は大成しないと、逆の言い方もします。
彼の場合は、空気が読めない鈍感さがあるので、むしろ逆に「コケの一念」を貫かせた方が将来のためだ、と親としても腹をくくったのです。
それで、多少のことには目をつぶり、自由な発想を生かせるように育てたつもりです。
彼は中学生になって、良い先生と出会い、絵画の能力を見いだされました。ある風景絵画のコンクールで、連続して金賞を受賞したのです。
ただ、私には画家の友人や、世界的に有名な画家の知り合い、陶芸家の友達がいますが、そのよ
うな仕事で食っていける人は一握りしかいないという現実をよく知っています。
何よりも、私自身が現代詩という最も食えない仕事を天職としていますので、この子だけは何とか不自由なく食べていける道を選ばせねばならないと、もう一つの能力である体育系に進ませたわけです。
彼は、反省文で「自分は感情まかせの行動をする」と述べていますが、それは親である私がそれ
を黙認して、彼らしさを引き出そうとした育て方に原因ある、ということです。
「人前で泣きつかれてパニクッてしまい、頭の中が真っ白になった」ということは、論理や理性でものを考えることが全く出来なくなった、ということです。
このような突発時に人を衝き動かすのは何かといえば、潜在意識という情動です。潜在意識というのは理性の働きよりも強く、善悪の判断などはしないという特性を持っています。私はこれを、盲目の意志と呼んでいます。
植木等が「スーダラ節」を歌うことになった時、お寺の住職だった植木の父親は、「分かっちゃいるけど、やめられない(あるいは、やってしまう)」というのは、人間性の真理をついているな、と語ったそうです。
理性以上に人を衝き動かすのは自覚されない潜在意識の働きです。それは特定の感情と結びつい
ていて、理性的な善悪を分別することはなく、無意識に作用するのです。
彼の潜在意識がどのようにして形成されたのかと考えると、やはりトラウマになったのかなと感慨をいだく過去があります。
息子が潜在意識の世界に追いやったトラウマとはどのようなものかというと、酒乱になって家庭を破壊し続ける妻を子供たちのいる前で、私がビンタして黙らせた、というショックだったのだろうと考えざるを得ません。
この経緯は500ページ書いても書ききれないことですので、ここでは述べません。
彼の心の奥底には「男女が争う非常に嫌な感情と、狂乱をビンタで黙らせるという忌避すべき行為と」両者が結合した潜在意識が存在していて、理性では抗いようもなく、とっさの場合に衝動として衝き動かされてしまう、心理的な要因があるのです。
これは、「平手打ちはいけない」とか、「何でそんな馬鹿なことをしたの」と理性のレベルで対処しても、何の効果もなければ、解決にもなりません。
理性や理屈で押さえ込んでも、別な形で出てくることになるだけです。
それではどうしたら良いのでしょう。
これは、大変な事なのですが、潜在意識のレベルで、再構築するという作業です。
これは、私がやらねばいけない課題だなと思います。
私がカウンセリングをして、さらに息子にセルフカウンセリングを指導して、問題となる過去の体験を直視させ、新たな価値観でもって経験の意味を再構築する、という精神的な作業になります。
トラウマの内なる世界は、どのような精神的あるいは意識レベルの作用機序を持っているか、と
いうことは私なりに理解しています。
私には、自分と子供たちの心の傷を救うために営々として書き続けているものがありますので、いずれそれを読ませ、彼のトラウマを癒さないといけないと考えています。
(11)処分申し渡し式/指導なき管理主義...に続く
憶が、息子の性格に抑圧された形で潜んでいるのだと思います。
彼は「どうしてあんな馬鹿なことをやってしまったのだろう?」と、「反省できない反省」をして
います。なぜ「できない反省」かというと、対象が潜在意識の問題だからです。
表面的行動と、隠された情動
統合失調症患者でもなければ、人のどんな行動にも、その人なりの理由があります。
ただし、それを自覚しているか、自覚していないかというのは別問題です。
「なぜあんな馬鹿なことをしたのか、自分でも分からない。説明も出来ない」という行動を人にとらせるものが、潜在意識としてこころの中にあるということですね。
彼は、普通では考えられないような特殊な生まれ方をしました。
臨月にはまだ数ヶ月あるという助産院での定期検診で、私は信じられない話を30歳代半ばと思われる助産師さんから聞かされました。
「私にも信じられないことなのですが...」と彼女は話を切り出し、
「お腹の赤ちゃんは、生まれたがっています」というのです。
当時私はある生命科学研究所の責任者であり、自然分娩について調べていました。
気功師でもある助産師さんは「何度確かめても、その(生まれたいという)気が伝わってくる」というのです。
私と助産師さんはかなり長い時間話し合いました。
そして、自然分娩の考えに従い、決然として産むことを選択したのです。
超未熟児の時期ですので、昔であればとても育たない月足らずでしたが、この産院とお付き合い
のある北里病院が隣町にあり、救急車で搬送されました。
何故妊婦である妻を交えた話をしなかったかといいますと、問題が彼女にあったからです。
彼女は長男が生まれた頃から、キッチンドリンカーになっていきました。その話を聞いて、助産師さんは顔をしかめました。酒やタバコは妊婦には禁物ですから。
私もまた、どのような障害を胎児に与えるのかを心配していました。妻も、同じ事を悩みながらも、アルコール依存症は終生改善されなかったのです。
私は、赤ん坊がどのような障害をもって生まれても、それを負って育てていく覚悟を決めて、彼の生誕を象徴する命名をしました。そしてそれは、迷い多く来し方行く末の灯明を求める私自身の希求を意味する名でもあったのです。
赤ん坊は標準体重の半分にも満たない超未熟児として生まれ、長い間保育器で育ちました。この
ことが、彼の精神形成に重い意味をもたらすことを、私は危惧しました。
彼はいつでもニコニコしている、いわゆる「手のかからない」子でしたが、どこか親になつかないところがありました。親に甘えるというところがなく、私自身も愛情が今ひとつ湧いてこないものを感じていました。
微妙な問題でしたが、目をそらすことはいけないと思い、妻にそのことを打ち明けると、「私もそう感じているの...」と言うのです。
私は初めて、彼女に出生のいきさつを話しました。
妻は深くうなだれて、驚くことを打ち明けたのです。
「実は、あの子が障害を持って生まれてくることを恐れて、(生まれてこないように)殺そうとしたの...」と。
それを聞いて、深い怒りと悲しみにとらわれながらも、あの助産師さんが「胎児は生まれたがっている」という意味を理解しました。
母胎という唯一安心して身をゆだねることの出来る環境が、実は自分という生存を脅かすものであり、その母胎を厭い、本来生きる事の出来ない不安と恐怖に満ちた外界に逃げ出した、ということでしょう。
胎児というのは、妊娠初期の段階で、すでに生物としての反応行動を示します。
生まれるということが、超未熟児の胎児にとっては自殺的行為である、という彼の誕生のありように、私はうちふるえる気持ちで呆然とするばかりでした。
普通であれば、赤ん坊は生まれてすぐ母親の乳房に吸い付いて、母子の絆を確認するのです。
しかしこの子の場合はすぐに医学的な処置がとられて、ただの未熟児よりも遙かに長期間保育器
という人間的温もりのない環境にあって、体と心を発達させねばならないという運命を負うことになったのです。
不幸なことに、彼は母親との豊かな絆を築くことが出来ず、母親もまた彼を他の兄弟のようには慈しむことが出来ず、母親に対する渇愛や憎悪入り乱れた気持ち(マザコン)を潜在意識として、持っています。
彼は、兄が「お父さ?ん」と甘えるのを見て、「お兄ちゃん、なんでかわいい声を出してるの?」
と尋ねるのを見たことがあります。
兄は「ゥるせい、バカ!」と言って、彼を後ろ蹴りしました。
その時の、埴輪のような、きょとんとした彼の表情に深い憐憫の情を覚えずにはいられませんで
した。
「甘えることすらしないし、理解できない子供」であることに、親としてとまどうばかりであったことを強く覚えています。
彼は、親の危惧を打ち払うようにすくすくと育ちましたが、どうも躾(しつけ)ができないところがあると感じるようになりました。
上の二人の子は、叱ることがほとんどなかったのですが、この子はいくら口で言っても、教訓化されない。行動に理解不能なところがありました。
たとえば、ゴミをその場にどこにでも捨てる、という事を今でもやります。
一つの躾が教訓化されないために、次のステップに進まない、という感じです。
朝から晩までガミガミ言うのは、子供にとっても親にとっても良くないと思い、ビンタで躾けた、といういきさつがあります。上の2人には手を上げたことは全くないのです。
ところが、小学生の高学年になるころに、あることに私は気づきました。
それは、彼の言語能力が著しく未発達のままだ、ということです。
言語能力が低いと言うことは、すなわち論理思考が出来にくいということです。そして、コミュ
ニケーション能力が未熟である、ということでもあるわけです。
たとえば、数学のちょっとした応用問題ができない。教えてみると、設問の意味が理解できていないということが分かったのです。言葉で思考する、という基本的なレベルで未発達だった。
そして、他者とのコミュニケーション能力でも、同様です。
兄や姉たちも、彼の言うことは何を言いたいのか分からない、聞いていてイライラすると言うのです。
これも例を挙げれば、私がここで言葉を費やして述べていることを、彼は「自分が悪いのに逆切れして、ぶってしまった」と記述して終わり、それ以上の説明が出来ない、ということなのです。
彼の説明を聞いても、そのままでは何も了解できない。親としても何とも言いようがない。時間をかけて、二者択一的に質問をして一つ一つ分析していくと、ここに述べているような彼の精神構造が見えてきたわけです。
生来の原因があって彼の頭が偏っていることを私は認め、なにか個性を伸ばせる部分があるので
はないかと気をつけるようにしました。
人には右脳的な能力と左脳的な能力があり、論理的な思考能力と芸術的な思考能力は反比例する、といいます。論理的な思考は、自由闊達な発想を抑制してしまうからです。
言語能力が低いのは、多分彼の出生に関わる障害なのか、あるいは乳幼児期における母子の接触の欠如にあるかもしれません。
日本の学校教育では、不得手の科目を克服するという「平均得点重視」の指導をしますが、これは10の努力をしても1の結果しか出せない方法です。
反対に、得意なことを思い切りやらせると、10の努力が20、30の結果を生み出すということが分かっている。
息子の通った小学校でも中学校でも、私は個性を生かす指導をして欲しいと要望しましたが、学校の先生は「分かりました」という返事はしますけれど、実際には忙しすぎるのか十把一絡げの指導しかしません。不得手克服の話にしかならない。
私は、言語能力が低いのであれば、何か右脳的な潜在能力があるはずだと考え、何でも良いから、その特質をむしろ生かせればいいなと考えました。
昔から、大成するには「コケの一念」が大事、といいます。小賢しい人間は大成しないと、逆の言い方もします。
彼の場合は、空気が読めない鈍感さがあるので、むしろ逆に「コケの一念」を貫かせた方が将来のためだ、と親としても腹をくくったのです。
それで、多少のことには目をつぶり、自由な発想を生かせるように育てたつもりです。
彼は中学生になって、良い先生と出会い、絵画の能力を見いだされました。ある風景絵画のコンクールで、連続して金賞を受賞したのです。
ただ、私には画家の友人や、世界的に有名な画家の知り合い、陶芸家の友達がいますが、そのよ
うな仕事で食っていける人は一握りしかいないという現実をよく知っています。
何よりも、私自身が現代詩という最も食えない仕事を天職としていますので、この子だけは何とか不自由なく食べていける道を選ばせねばならないと、もう一つの能力である体育系に進ませたわけです。
彼は、反省文で「自分は感情まかせの行動をする」と述べていますが、それは親である私がそれ
を黙認して、彼らしさを引き出そうとした育て方に原因ある、ということです。
「人前で泣きつかれてパニクッてしまい、頭の中が真っ白になった」ということは、論理や理性でものを考えることが全く出来なくなった、ということです。
このような突発時に人を衝き動かすのは何かといえば、潜在意識という情動です。潜在意識というのは理性の働きよりも強く、善悪の判断などはしないという特性を持っています。私はこれを、盲目の意志と呼んでいます。
植木等が「スーダラ節」を歌うことになった時、お寺の住職だった植木の父親は、「分かっちゃいるけど、やめられない(あるいは、やってしまう)」というのは、人間性の真理をついているな、と語ったそうです。
理性以上に人を衝き動かすのは自覚されない潜在意識の働きです。それは特定の感情と結びつい
ていて、理性的な善悪を分別することはなく、無意識に作用するのです。
彼の潜在意識がどのようにして形成されたのかと考えると、やはりトラウマになったのかなと感慨をいだく過去があります。
息子が潜在意識の世界に追いやったトラウマとはどのようなものかというと、酒乱になって家庭を破壊し続ける妻を子供たちのいる前で、私がビンタして黙らせた、というショックだったのだろうと考えざるを得ません。
この経緯は500ページ書いても書ききれないことですので、ここでは述べません。
彼の心の奥底には「男女が争う非常に嫌な感情と、狂乱をビンタで黙らせるという忌避すべき行為と」両者が結合した潜在意識が存在していて、理性では抗いようもなく、とっさの場合に衝動として衝き動かされてしまう、心理的な要因があるのです。
これは、「平手打ちはいけない」とか、「何でそんな馬鹿なことをしたの」と理性のレベルで対処しても、何の効果もなければ、解決にもなりません。
理性や理屈で押さえ込んでも、別な形で出てくることになるだけです。
それではどうしたら良いのでしょう。
これは、大変な事なのですが、潜在意識のレベルで、再構築するという作業です。
これは、私がやらねばいけない課題だなと思います。
私がカウンセリングをして、さらに息子にセルフカウンセリングを指導して、問題となる過去の体験を直視させ、新たな価値観でもって経験の意味を再構築する、という精神的な作業になります。
トラウマの内なる世界は、どのような精神的あるいは意識レベルの作用機序を持っているか、と
いうことは私なりに理解しています。
私には、自分と子供たちの心の傷を救うために営々として書き続けているものがありますので、いずれそれを読ませ、彼のトラウマを癒さないといけないと考えています。
(11)処分申し渡し式/指導なき管理主義...に続く

コメントする