学校教育と男女交際(2) 学校は司法の府なのか

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 翌日昼、再びW先生から電話がありました。

「事情が分からないから...ということですが、学校としましては事実に基づいて処分を決めますので、その点をご理解頂きたい」という話でした。

 どうも、話が少しかみ合わないなと違和感を感じたのですが、後から思い出してみるに、「停学処分にする」ということを既定路線として話をしている、ということだったようですね。

 私は、W先生が「現行犯で逮捕しました」と言っている警察官であるかのような印象を少し持ちました。言葉遣いの端々に、教師の権威をちらつかせているように感じ、どうも率直に話をしましょうという気持ちになれないと思いました。
「事情をきちんと明らかにせずに、(処分手続きを)やるのは教育的配慮が足らないのではありませんか?」と申し上げました。


「(息子が)一部の教師には話をしているようなんですが、学校としましては、そういうことはやりにくいのですよね。教育的配慮をしなければいけませんから...」と、先生は奥歯に物が挟まったような言い方をしました。


(一部の教師と、このW先生が言っているのは、息子の部活である陸上部のY先生のことであることを、後で知りました。
 3年生の9月になっても、土日もなく猛練習を指導しているこの熱血監督を、息子は信頼して、事情を話したようです。)


 私は、このW先生の言動に二重三重の違和感を覚えました。「学校としては」と何度も仰っていますが、先生自身の肉声が伝わってこないなという感じがするのです。

 何度か三者面談でお話をしている担任のW先生ではなく、事務局の男性事務員とでも話をしているような、話しぶりです。学校の規定に従って、この案件を処理しています、とでも言いたげな印象を受けるのです。まあ、それはおいておきましょう。


 ここで、学校としては「教育的配慮」で事情を聴取しにくい、ということが解せません。


 どうも「教育的配慮」の意味と方向性が、私の社会常識と学校の常識とでは全然違うようです。

 私は「物事は原因があって、その結果があるわけで、平手打ちという問題行為をなくすには、その原因となった事情を明らかにして、原因からなくしていかないと根本的な解決にはならないのではないですか」と反論しました。

 すると、先生は少しいきり立って、「処分は事実に基づいて行われるものです。**君のやったことは暴力行為です。暴力行為に対しては学校として毅然とした対処をしなければなりません!」と言うのです。

 どうも、紋切り型の話しぶりで、事務手続きの形式を踏んでいるだけだなと思いました。
 私の中で真摯に対応する気持ちが失せていくのを、いかんともしがたく感じました。

 「はあ、そうですか。そのようなやり方は検事や裁判官など、司法の人間のやり方ですね」と、私は皮肉をこめて答えました。

 司法では、事実関係を精査する、ということを大前提とします。事実関係の中には、どのようにしてその行為に至ったかというバックグラウンド、つまり動機を解明するということも含まれているのではないかと思います。

 事情を解明することなく、結果としての事実だけを取り上げて処分を行うというのは、教育などではなく、粗雑な司法行為でしかないと思ったわけです。

 これで、問題が解決するのでしょうか?

 一罰百戒で、他の生徒への抑止力にはなるでしょうが、本当の問題点を見えなくして、水面下に姿をくらますだけなのではないか?


 「司法の人間のやり方だ」と言った私の言葉に対して、W先生は何の反応もありません。

 言っている意味が、十分に伝わらなかったのでしょうか?それとも、
 このようなやり方が当たり前だ、と思っているのでしょうか?

 学校の先生は、大学を出てすぐに教職に就くわけですので、豊富な社会経験を持っているわけではありません。最初から学校に来て、他の世界を知っているわけではありませんので、このようなやり方が学校的常識として身に付けていてもおかしくはありませんけれども...。


 今回の出来事を、「暴力行為だ、暴力だ!」と声を張り上げるのは、何か過剰な反応と思え、小児病的な物言いをするものだと思いました。


 いかにも管理主義的で、ステレオタイプな(ある型にはまった)先生の反応は何なのだ?という違和感が増すばかりです。

 生徒の保護者の立場としては、学校教育の実質的な部分を担う現場教師の生の声を聞きたかったのです。


 それで、失礼ながら...

 「事実関係を確認するよりも処分を先にするというのは、結局のところ(教育的指導ではなく)教育委員会の指導に言いなりで、臭いものに蓋をしてしまおうということですね」

 と、あからさまに私の見解を述べさせてもらいました。

 すると、先生は躍起になって、これを否定しました。

 私は「臭いものに蓋をする」ということに力点を置いたのですが、
 先生は「教育委員会の言いなり」という言葉に、敏感に反応したようです。

 私は、学校教育にはほとんど何も期待していない方の保護者ですので、言ってはみたものの、教育委員会の方針とはどんなものなのか分かっていませんでした。

 それは無責任かと反省して、少しだけ調べてみました。

 そこで、なるほどと思ったのは、W先生がおやりになっていることは、次に紹介する文部科学省指導要領から一歩も踏み出していないものだ、ということです。

 このような問題の場合は、担任だけでなく、生徒指導担当の先生と連携して、事に当たるようです。それで、処分の手続きと処理を、生徒指導主任の先生がリードする形で進行していくことになります。


 W先生は、担任として保護者に伝えているだけですので、「学校としては」という事務処理口調になってしまうのでしょう。

 (3) 学校教育に影を落とす教育の官僚支配 に続く...

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