蹴った馬が悪いのか
私の知り合いに、馬に蹴られてあばら骨を2.3本折られた人間がいましたが、これは馬が悪い
のか、蹴られ人が悪いのか?
あなたでしたら、なんと答えるでしょうか?
常識的には、正否を言う前に、「何でそんなことになったわけ?」と、問うのが普通ではないのか
なと思います。
答えるだけの「判断材料」がないからです。
馬というのは大変神経質で臆病なところがあり、見知らぬ人が後ろに立ったりすると、恐れ驚い
て蹴ってしまいます。
この知り合いは馬の世話をしている人なのですが、全くうっかりして馬の神経を逆なですること
をやってしまったわけですね。
誰もが、「そりゃあ、あんたが悪い」ということで落ち着きました。
学校の教育方針の問題
今回の事件も、構造的には同じなのですが、
平手でぶったという結果だけを見て、即座に懲戒処分の判断を下すというやり方は、(低レベルな)
司法行為であり、教育的なものの考え方が欠如しているのではないか?
ということを前に述べました。
私は息子の行為の結果自体は庇護もしませんし、正当化もしません。相手に対しても、相手のご
両親にも謝罪すべき事だと考えます。
そのような問題ではなく、学校の教育というものがこれで良いのか、という素朴な疑問ですね。
学校は立派な教育理念を掲げていますが、やることを見ると、どこかうそ寒い感じを受けるので
す。
無菌室で無菌マウスを育てるような、教育理念だなという印象を受けました。
子供は遊びとけんかを通して、人間関係の様々なことを学んでいくものです。そのような経験を
通して学ぶ機会がないと、社会に出て困ることになるでしょう。
人間は言葉で複雑なコミュニケーションをとることが出来ますが、言葉だけでは足りない部分が
あります。激しく言い合ったり、感情をぶつけ合うことは、しんどいことではあるのですが、それ
を通して相手の心の奥に触れることが出来るということがあるのです。
喧嘩をした相手とは、むしろ何か通じ合うものを感じるようになるのです。それは、本音で相手
とぶつかり合ったからこそ得られることなのです。
こういう体験はさせておかないと、よそよそしい表面的な人間関係しか作れなくなってしまいま
す。今の子が、希薄な人間関係を好むのは、怒ることを抑えられ、喧嘩することを禁じられている
からなのでしょう。
人間関係の様々な実体験がないために、ちょっとした口論から簡単に殺人などの残虐行為に短絡
してしまいがちなのだと思います。そういった事件を起こすのは、案に相違して「いわゆる良い子」
が多い、というのは、理解できる話です。
概論的な規範を教えるだけでは、身に付かないものですので、子供のうちはけんかぐらい経験し
ておかないと、実社会に出てから大きな問題を引き起こすのではないでしょうか。
体と腕力は大人だけれども、経験知のレベルはコドモ、という大人が増えているのです。
それともう一つ、我が国ではけんか両成敗という歴史的な文化があります。
怒りというのは、「不当な扱いや振る舞いを受けた時の反応」であることが普通で、何の理由もな
く怒って平手打ちを行ったというわけではありません。
何の理由もなく怒って殴ったというのであれば精神病理学的にチェックしなければいけない話で
す。
事件は起こるべくして起こった。起こる原因を作った相手にも問題がある。
だからこそ、けんか両成敗という形式が意味を持つのです。
この二人の事件はさほど単純な話ではありません。喧嘩ではではないからです。喧嘩はそれ以前
に終わっているからです。(後述)
平手で打った=暴力→停学処分、ということなのですけれども、非常に硬直した過剰反応的な対
応であり、そのことにまず違和感を覚えました。
被害者であるから白であり、ぶった方は加害者だから黒だ、という大変粗雑としか思えない司法
発想ではないか、ということです。
学校の考えというのは、規則を破れば処罰を受ける事を学ばせ、暴力をふるったことを反省させ
る、ということかと思います。
学校の秩序維持ということでは、これでいいのですが、それだけか?と、問いたい。
息子は暴力はいかんということ分かっていなかった、わけではない。
むしろ、そういうことを毛嫌いしている人間です。
父親から見ると、彼は気持ちが優しすぎて控えめで、受け身の人間であることに不満を感じるほ
どです。
その息子が平手打ちをしたというので、何かよほどのことがあったのではないかなと思うわけで
す。
日をおいて、息子に事情を聞いたところ、なるほどなというものがあり、きちんと教育しなけれ
ばならない2つの点が明らかになりました。
一つは女生徒の問題点です。
息子には中学校時代の仲の良い同級生がいます。彼のお母さんは、中学時代に母親をなくした息
子をわが子同様にかわいがって頂いて、感謝しています。今でも、土曜日に泊まりに行くことが時々
あり、双方合意の事ですので許可しています。事件の発端はここで発生したのです。
今年の夏休み、中学校の同級生が7人集まった場に、女子生徒が4人いた、ということです。そ
の女生徒の一人がプロフと呼ばれる、携帯電話・パソコンからアクセスできるネット上の自己紹介
ページ(プロフィール)を持っている、という話題になりました。
プロフはヤフーや楽天、FC2などインターネット大手が、マーケティングリサーチの新たなチ
ャンネルとして開拓し、携帯電話の番号を相手に教えずに友達の輪を広げることの出来る仕組みと
して、携帯ユーザーに人気が出てきました。
息子はプロフに興味を持ち、その女生徒のプロフにある掲示板に自分のニックネームや趣味など
をカキコ(書き込み)したそうです。
ところが、このことを、居合わせた女生徒の一人が、息子の交際相手に、告げ口したということ
が発端となったのです。
そこまで聞いて、だいたいのみこめました。
息子がお付き合いしている女生徒は、毎日毎日息子が家に帰ってくる時間を見計らって、電話を
かけてきます。毎日、監視行動をとっているのですね。
不在の時は私が出ることがあるのですが、私を息子と間違えてしゃべることが何度かあり、その
話しぶりから感じるものもあります。
その彼女が初めて来訪したのは今年の夏休みで、女子高生にあるまじき派手な出で立ちであった
ことで、ちょっとな、という印象を懐きました。
その女生徒は、彼の興味本位の軽率な行為に、相当なショックを受けて大変落ち込んだ、という
ことです。落ち込んだという説明には、なにか事情があるなとは感じました。
考えの浅い息子は、「え、何で?」という気持ちのようでしたが、女生徒に責められて、軽率な行
動を詫びたそうです。
しかし、彼女の方は気持ちが納得せず、次第に嫉妬心を募らせて、現実にはなかったことまで疑
うようになったそうです。
それでも、気の弱い息子は嫉妬されるような事実はないと説明し続けて、一度は「我慢する」(?)
ということで落ち着いたようです。
「我慢する」という言葉は、「納得しないけど我慢する」ということですので、いつか蒸し返され
るものです。どうも、もっと他に事情があるようでした。
男というのは、それで終わったと思い忘れてしまうものですが、女性は30年経っても40年経っ
ても覚えていて、蒸し返します。
息子は元来があまり考えない淡泊な性格ですので、翌日にはケロッとしています。
しかし、彼女は自分が侮辱され、裏切り行為をされたという受け止め方をして、「一生(この卑劣
な行為を)忘れない」と言い放ったそうです。
息子は「いくら言っても分からない(納得しない)んだよ!」と言っていました。精神的に疲れ
て、少し放っておいてくれという気持ちになっていたそうです。
そして、事件の日彼女が息子のクラスにやってきて、みんなのいるところで「やっぱり許せない」
と蒸し返し、彼がやめてくれという態度をとったため、突然泣き始めたのだという。
息子は、突然の出来事にうろたえてしまったようです。パニックに陥りやすい性格なのです。
朝、寝過ごしてパニックになったり、コンビニのアルバイトで、一度にお客が来てドタバタした
りしています。
頭が真っ白になってしまい、極端に近視眼的な対応しか出来なくなるのです。
今回の場合、息子の頭に浮かんだことは、
・自分の教室まで押しかけてこられた(動揺)→
・いくら話し合っても全く納得しない話を蒸し返してきた(みんなの前で言い合いは出来ないし、
全くお手上げ)→
・突然泣き出された(パニック)→
・とにかく教室の外に連れ出したい(人目を避けたい)→
・いつものヒステリーを起こされて、とにかくやめてもらいたかった
ここまでの気持ちの推移は至極自然なものではないかと思います。
もしも、あなたが職場などで同じ状況に置かれたら、どうでしょうか?
他人事ですから、冷静に考えられると思いますが、それでもウーンと考えてしまうのではないで
しょうか。即座に何とかしなければならない状況です。
実は、今の世の中、このような事例が掃いて捨てるほどあるのです。
一番多いのは、男がその場から逃げる、という例です。それでも追いかけてくれば、人のいない
ところに行って怒鳴りつけるか、ビンタをくれるのです。
しかし、そのようなことを経験している女性は、男の上司に泣きついたりして、上司を困らせた
りします。
上司は後で烈火のごとく怒ります。私事で職場を放棄したとなると、不況で人員を減らしたい企
業の場合、即座に懲戒解雇となります。
まさかと思うかもしれませんが、若い人の実例をずいぶん見聞きしているのです。もはや、看過
できない由々しき問題になっているのです。
ですから、ヒステリーを起こした女からは逃げ出せ、とは単純にはアドバイスできません。それ
まで、延々と言葉を尽くしているのに、納得しない相手なのですから、難しいです。
パニクってしまって冷静さを失い、とにかく止めてもらいたいと焦りまくった息子は、思わず平
手打ちをしてしまったという事なのです。
私は、はっきり言って「仕方ないな」、と思いました。
自分の教室に帰らせようとすれば、いきり立って、見せ物状態になるのはそれまでの言い合いの
中で分かっていたのです。
先生は、学校でしかもみんなのいる場所で平手打ちをした、ということを問題にしている訳です
が、T(時間)P(場所)O(状況)違反の問題は、女生徒の責であり、平手打ちという行為は息
子の責であり、やはりけんか両成敗ではないかと思えます。
後で、冷静になった二人はすぐに仲直りしたそうですが、問題は何も解決していない。
しかし、処分のことなどよりも、教育的に重要なことがここにはいくつもあります。
ここに述べたようなことを、学校は当初、把握しようとすらしませんでした。
私が、「事情をもっと詳しく双方から聞いたらどうか」と強く申し入れたのは、本質的な教育上の
問題を正しく認識するためには、事情を十分に把握しなければならないと考えるからです。
学校としては、
教育的な配慮で、そのようなことはやりにくい。
学校がやることは、結果をもとに処分を決めること、
...という態度でした。
何も起こらない・起こさせないことが学校の正常化であると考え、管理主義に走りすぎているの
ではないか?
本当に必要な現場の人間教育が、忘れ去られているのではないか?
と、憂慮せざるを得ないものがあります。
(5) 学校は果たして聖域なのか...に続く
なと思います。
答えるだけの「判断材料」がないからです。
馬というのは大変神経質で臆病なところがあり、見知らぬ人が後ろに立ったりすると、恐れ驚い
て蹴ってしまいます。
この知り合いは馬の世話をしている人なのですが、全くうっかりして馬の神経を逆なですること
をやってしまったわけですね。
誰もが、「そりゃあ、あんたが悪い」ということで落ち着きました。
学校の教育方針の問題
今回の事件も、構造的には同じなのですが、
平手でぶったという結果だけを見て、即座に懲戒処分の判断を下すというやり方は、(低レベルな)
司法行為であり、教育的なものの考え方が欠如しているのではないか?
ということを前に述べました。
私は息子の行為の結果自体は庇護もしませんし、正当化もしません。相手に対しても、相手のご
両親にも謝罪すべき事だと考えます。
そのような問題ではなく、学校の教育というものがこれで良いのか、という素朴な疑問ですね。
学校は立派な教育理念を掲げていますが、やることを見ると、どこかうそ寒い感じを受けるので
す。
無菌室で無菌マウスを育てるような、教育理念だなという印象を受けました。
子供は遊びとけんかを通して、人間関係の様々なことを学んでいくものです。そのような経験を
通して学ぶ機会がないと、社会に出て困ることになるでしょう。
人間は言葉で複雑なコミュニケーションをとることが出来ますが、言葉だけでは足りない部分が
あります。激しく言い合ったり、感情をぶつけ合うことは、しんどいことではあるのですが、それ
を通して相手の心の奥に触れることが出来るということがあるのです。
喧嘩をした相手とは、むしろ何か通じ合うものを感じるようになるのです。それは、本音で相手
とぶつかり合ったからこそ得られることなのです。
こういう体験はさせておかないと、よそよそしい表面的な人間関係しか作れなくなってしまいま
す。今の子が、希薄な人間関係を好むのは、怒ることを抑えられ、喧嘩することを禁じられている
からなのでしょう。
人間関係の様々な実体験がないために、ちょっとした口論から簡単に殺人などの残虐行為に短絡
してしまいがちなのだと思います。そういった事件を起こすのは、案に相違して「いわゆる良い子」
が多い、というのは、理解できる話です。
概論的な規範を教えるだけでは、身に付かないものですので、子供のうちはけんかぐらい経験し
ておかないと、実社会に出てから大きな問題を引き起こすのではないでしょうか。
体と腕力は大人だけれども、経験知のレベルはコドモ、という大人が増えているのです。
それともう一つ、我が国ではけんか両成敗という歴史的な文化があります。
怒りというのは、「不当な扱いや振る舞いを受けた時の反応」であることが普通で、何の理由もな
く怒って平手打ちを行ったというわけではありません。
何の理由もなく怒って殴ったというのであれば精神病理学的にチェックしなければいけない話で
す。
事件は起こるべくして起こった。起こる原因を作った相手にも問題がある。
だからこそ、けんか両成敗という形式が意味を持つのです。
この二人の事件はさほど単純な話ではありません。喧嘩ではではないからです。喧嘩はそれ以前
に終わっているからです。(後述)
平手で打った=暴力→停学処分、ということなのですけれども、非常に硬直した過剰反応的な対
応であり、そのことにまず違和感を覚えました。
被害者であるから白であり、ぶった方は加害者だから黒だ、という大変粗雑としか思えない司法
発想ではないか、ということです。
学校の考えというのは、規則を破れば処罰を受ける事を学ばせ、暴力をふるったことを反省させ
る、ということかと思います。
学校の秩序維持ということでは、これでいいのですが、それだけか?と、問いたい。
息子は暴力はいかんということ分かっていなかった、わけではない。
むしろ、そういうことを毛嫌いしている人間です。
父親から見ると、彼は気持ちが優しすぎて控えめで、受け身の人間であることに不満を感じるほ
どです。
その息子が平手打ちをしたというので、何かよほどのことがあったのではないかなと思うわけで
す。
日をおいて、息子に事情を聞いたところ、なるほどなというものがあり、きちんと教育しなけれ
ばならない2つの点が明らかになりました。
一つは女生徒の問題点です。
息子には中学校時代の仲の良い同級生がいます。彼のお母さんは、中学時代に母親をなくした息
子をわが子同様にかわいがって頂いて、感謝しています。今でも、土曜日に泊まりに行くことが時々
あり、双方合意の事ですので許可しています。事件の発端はここで発生したのです。
今年の夏休み、中学校の同級生が7人集まった場に、女子生徒が4人いた、ということです。そ
の女生徒の一人がプロフと呼ばれる、携帯電話・パソコンからアクセスできるネット上の自己紹介
ページ(プロフィール)を持っている、という話題になりました。
プロフはヤフーや楽天、FC2などインターネット大手が、マーケティングリサーチの新たなチ
ャンネルとして開拓し、携帯電話の番号を相手に教えずに友達の輪を広げることの出来る仕組みと
して、携帯ユーザーに人気が出てきました。
息子はプロフに興味を持ち、その女生徒のプロフにある掲示板に自分のニックネームや趣味など
をカキコ(書き込み)したそうです。
ところが、このことを、居合わせた女生徒の一人が、息子の交際相手に、告げ口したということ
が発端となったのです。
そこまで聞いて、だいたいのみこめました。
息子がお付き合いしている女生徒は、毎日毎日息子が家に帰ってくる時間を見計らって、電話を
かけてきます。毎日、監視行動をとっているのですね。
不在の時は私が出ることがあるのですが、私を息子と間違えてしゃべることが何度かあり、その
話しぶりから感じるものもあります。
その彼女が初めて来訪したのは今年の夏休みで、女子高生にあるまじき派手な出で立ちであった
ことで、ちょっとな、という印象を懐きました。
その女生徒は、彼の興味本位の軽率な行為に、相当なショックを受けて大変落ち込んだ、という
ことです。落ち込んだという説明には、なにか事情があるなとは感じました。
考えの浅い息子は、「え、何で?」という気持ちのようでしたが、女生徒に責められて、軽率な行
動を詫びたそうです。
しかし、彼女の方は気持ちが納得せず、次第に嫉妬心を募らせて、現実にはなかったことまで疑
うようになったそうです。
それでも、気の弱い息子は嫉妬されるような事実はないと説明し続けて、一度は「我慢する」(?)
ということで落ち着いたようです。
「我慢する」という言葉は、「納得しないけど我慢する」ということですので、いつか蒸し返され
るものです。どうも、もっと他に事情があるようでした。
男というのは、それで終わったと思い忘れてしまうものですが、女性は30年経っても40年経っ
ても覚えていて、蒸し返します。
息子は元来があまり考えない淡泊な性格ですので、翌日にはケロッとしています。
しかし、彼女は自分が侮辱され、裏切り行為をされたという受け止め方をして、「一生(この卑劣
な行為を)忘れない」と言い放ったそうです。
息子は「いくら言っても分からない(納得しない)んだよ!」と言っていました。精神的に疲れ
て、少し放っておいてくれという気持ちになっていたそうです。
そして、事件の日彼女が息子のクラスにやってきて、みんなのいるところで「やっぱり許せない」
と蒸し返し、彼がやめてくれという態度をとったため、突然泣き始めたのだという。
息子は、突然の出来事にうろたえてしまったようです。パニックに陥りやすい性格なのです。
朝、寝過ごしてパニックになったり、コンビニのアルバイトで、一度にお客が来てドタバタした
りしています。
頭が真っ白になってしまい、極端に近視眼的な対応しか出来なくなるのです。
今回の場合、息子の頭に浮かんだことは、
・自分の教室まで押しかけてこられた(動揺)→
・いくら話し合っても全く納得しない話を蒸し返してきた(みんなの前で言い合いは出来ないし、
全くお手上げ)→
・突然泣き出された(パニック)→
・とにかく教室の外に連れ出したい(人目を避けたい)→
・いつものヒステリーを起こされて、とにかくやめてもらいたかった
ここまでの気持ちの推移は至極自然なものではないかと思います。
もしも、あなたが職場などで同じ状況に置かれたら、どうでしょうか?
他人事ですから、冷静に考えられると思いますが、それでもウーンと考えてしまうのではないで
しょうか。即座に何とかしなければならない状況です。
実は、今の世の中、このような事例が掃いて捨てるほどあるのです。
一番多いのは、男がその場から逃げる、という例です。それでも追いかけてくれば、人のいない
ところに行って怒鳴りつけるか、ビンタをくれるのです。
しかし、そのようなことを経験している女性は、男の上司に泣きついたりして、上司を困らせた
りします。
上司は後で烈火のごとく怒ります。私事で職場を放棄したとなると、不況で人員を減らしたい企
業の場合、即座に懲戒解雇となります。
まさかと思うかもしれませんが、若い人の実例をずいぶん見聞きしているのです。もはや、看過
できない由々しき問題になっているのです。
ですから、ヒステリーを起こした女からは逃げ出せ、とは単純にはアドバイスできません。それ
まで、延々と言葉を尽くしているのに、納得しない相手なのですから、難しいです。
パニクってしまって冷静さを失い、とにかく止めてもらいたいと焦りまくった息子は、思わず平
手打ちをしてしまったという事なのです。
私は、はっきり言って「仕方ないな」、と思いました。
自分の教室に帰らせようとすれば、いきり立って、見せ物状態になるのはそれまでの言い合いの
中で分かっていたのです。
先生は、学校でしかもみんなのいる場所で平手打ちをした、ということを問題にしている訳です
が、T(時間)P(場所)O(状況)違反の問題は、女生徒の責であり、平手打ちという行為は息
子の責であり、やはりけんか両成敗ではないかと思えます。
後で、冷静になった二人はすぐに仲直りしたそうですが、問題は何も解決していない。
しかし、処分のことなどよりも、教育的に重要なことがここにはいくつもあります。
ここに述べたようなことを、学校は当初、把握しようとすらしませんでした。
私が、「事情をもっと詳しく双方から聞いたらどうか」と強く申し入れたのは、本質的な教育上の
問題を正しく認識するためには、事情を十分に把握しなければならないと考えるからです。
学校としては、
教育的な配慮で、そのようなことはやりにくい。
学校がやることは、結果をもとに処分を決めること、
...という態度でした。
何も起こらない・起こさせないことが学校の正常化であると考え、管理主義に走りすぎているの
ではないか?
本当に必要な現場の人間教育が、忘れ去られているのではないか?
と、憂慮せざるを得ないものがあります。
(5) 学校は果たして聖域なのか...に続く

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