男女コミュニケーションの限界

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 今回はコミュニケーション能力とその限界について、自分の体験から発展させてみたいと思います。

 道草ばかりしていて、なかなか前に進めません。

 少しまとめておきますと、性格分類のテーマは、

・人の性格は可塑的なものであること、

Time Place Occasion によって、その人が抱く思考は千差万別であり、

・型にはめるノウハウはほとんど意味がない、という話に続いていきます。

 男女夫婦間の問題は、大前提として自分という人間が自立していなければ、本当に望ましい人間関係は築けない。ということで、しばらく自立の様々なあり方を例示しました。


 言葉の齟齬とボディランゲージの限界

 コミュニケーションは言葉だけでなく、「目は口ほどにものを言う」という言葉があるように、ボディランゲージも大きな役割を担っています。

 私はその点コミュニケーション能力がないというか、日常生活の場で自分の思いあるいは逆に他者の思いは、伝えたい相手にまったく伝わらない、という感覚を持っている人間です。

 今でこそ女性の歌の解説などブログに書いていますが、若い頃は全く女性心理を理解しない朴念仁でした。そんなぶざまな体験から、始めてみます。

 「君は輝いて天使に見えた」のページで書いているのですが、

 「女の子が次第に大人びていく微妙な時期の変化を、大人になりきれないナイーブなお兄ちゃんがハラハラしながら見守る、という感じですね。
 私的には、この歌は石川ひとみちゃんの歌の中でも、最も共感できます。そのような女性とのお付き合いの経験があり、天野滋さんの歌詞と同じ感情を持ったからですが。」


 その人は当時私と付き合っていた彼女の親友で、一歳下の同級生でした。
 私の彼女は別の男と別れて私の元に走った女性です。

 

 当時、私は学校に近い下宿に住んでいましたので、友達がよく出入りしていました。

 その人は演劇サークルに入っていて、私の部屋を訪れると、私を廊下に締め出して部屋で着替えをすることが時々ありました。そういう無邪気なところが好ましかったですね。

 ある時、彼女の脱いだ服が非常にセンスが良いので、どこの洋服なのか聞いてみたところ、

 「売っている洋服を着たことがない」というのです。
 小学生の時から、下着以外はすべてオーダーメイドなのだという。

 田舎から出てきて、下宿していた貧乏学生の私には、全く想像もできない話です。

 名門ミッションスクールから進学してきたというだけで、怖じ気づいてしまいました。


 私は地方の男子高校を出ましたので、高校3年間は女生徒の姿は通学中の自転車の後ろ姿しか見たことがなく、ミッションスクールから来た女の子が、どのような価値観を持っているのか分からず、どんな話をしていいのかとまどっていました。

 一つだけ分かるのは、セシルお嬢様だなということだけ。


 セシルな彼女はまだ少女らしさが残っていて、恋にあこがれる乙女という感じで、夏休みに一緒に行った白馬村(にある彼女の家の別荘)滞在中に同級生の一人に恋をしました。

 この男は日常生活破滅型の無頼派で、心配していたのですが、案の定手痛い失恋をしました。

 男は八方破れで、論説が鋭く、毒舌で酒乱とくれば、無理なことは分かっていたのですが。

 私が間を取り持つ形であったため、彼女を慰めたことがあります。

 「あまりにも、特殊な人を愛してしまったのね...」と、彼女はつぶやきました。

 私は可愛い妹のように接していましたが、セシル嬢は私の彼女にに「二人の関係はどこまで行ってるの?」と尋ねたということを聞かされました。

 「最後まで行ってる」と私の彼女は答えた、という。

 私はセシル嬢と顔を合わせることが恥ずかしくなりました。

 彼女は、私を「ノーブルだけど野性的ね」と、少女の特権であるイノセントな残酷さでサラリと言いました。そういうクリティシズムを時々見せる...。

 私としては、椎名麟三の小説に出てくる残酷な事を平気でズバリと言うおばさんは好きでしたが、少女的残酷さはグサッときますね。想定外のことが多く、こころが無防備だからでしょう。

 その後、学校近くの下宿を引き払い、神田川の面影橋近くのアパートに移り住みました。

 この部屋に彼女がやって来る日、私は朝から部屋掃除をして、八百屋でグレープフルーツを買ってバスケットに入れ、部屋に柑橘系の香りを漂わせたのを思い出します。

 久しぶりに会った彼女は、少女から大人に変わり始めた時期で、私は彼女に女を感じないようにと、妙に意識しました。

 部屋に、ステレオがあることに気づいた彼女は、レコードをかけてというので、ロシア映画「戦争と平和」のサントラをかけたかと思います。

 チャイコフスキーなどかけたら、セシル的に何か言われそう、と考えたからです。

 かといって、彼女を理解しようと買ってきたバッハのマタイ受難曲をかけたのでは、わざとらしくていけないし。

 彼女はクラシック音楽の素養が高く、何か尋ねられたら返事に窮するし...。

 彼女の方も、私に合わせようとして「お兄ちゃんは、私にプロレスの雑誌とか買ってきてって言うのよ。それで、私にコブラツイストとか、技をかけるの」などと、言うのですが、私はプロレス好きではないし...カール・ゴッチのファンよ、とか言われても相づちすらうてない。


 彼女は、不意にバロック音楽は好き?と尋ね、私は「曲にもよるけど...」と内心逃げ腰で答えました。

 数日して、彼女はピエール・ランパルのフルート協奏曲のLPを持ってきました。

 ハープシコードとフルートの協奏曲です。
 これを聴くと、次第に彼女に惹かれて抗(あらが)いがたく「好き」になっていくあの時の気持ちがよみがえってきます。

 私は、このレコードと同じものを高田馬場駅前のレコード店に注文しました。
 私は、借りたレコードを自分のものにして、新しいレコードを彼女に返しました。

 このレコードをどうしても自分の手元に残しておきたかったからです。

 ところが、それはすぐ彼女に分かってしまった。

 「ねえ、レコードを取り替えたでしょう...どうして?、あれ、古いから音がざらついているでしょう」

 と言われて、内心を見透かされたように感じ、うろたえて何とも答えようがなかった。


 私は黙って、音量を低くしてレコードをかけました。


 彼女はうつむいて、ぽつりと言いました。

 「私たち、ずっとこのままで いられない?」


 その言葉を、私は一瞬理解できなかったのです。

 よくある、「(ただの)良いお友達でいましょうね」というセリフなのだろうか?

 ...という思いがよぎりましたが、私が彼女に告白したわけでもないので、わざわざ彼女が言う理由がない。


 何か言わなくてはと思いながら、いろいろな思いが駆けめぐって、言葉にならない。


 しばらく、ハープシコードの音色を聴きながら、わたしはようやく、

 「遅くなったから、送っていくよ」と言って、立ち上がりました。

 彼女は、遅れてゆっくりと立ち上がり、待っている私に、蛍光灯のプルスイッチのヒモを握りながら

 「電気、消すでしょ?」

 ...と言って、いきなり電気を消してしまいました。

 闇の中で、手の届くところに彼女が私の方を向いて立っている。

 私は動揺して後ずさりし、後ろ手にドアのノブを探し、廊下に出て彼女を待ちました。


 廊下の明かりに照らし出されて、ドアのところまで出てきた彼女は上目遣いで私を見上げ、そのまま顔を上げて一瞬まぶたを閉じ、ゆっくりと目を開けていきました。


 私はもう、何も言えません。

 愛想を尽かされてしまったかな、と心配しました。

 けっしてうれしい表情でないことは、当時の私にも分かりましたけど。

 彼女の言ったことばが理解できない。表情の意味を理解できない。それで詩など書けるの?

 ...っていう感じですね。(日常性の中でコミュニケーションが出来ないから、詩など書く人になるのです)

 うつむいて言わずに、私の方をみて目で訴えかけてくれたなら、鈍感な私でも了解できるものがあったでしょう。

 何十年もたってから、あの時どう言えば良かったのかなと考えることがあります。

 「このまま、っていう意味がよく分からないけれど、ボクは自分の本当の気持ちを言うと...

 他愛ない話ばかりしているけれど、きみといるこの時間は、本当に夢の中にいるように感じる。

 そして、きみが帰った後は、いても立ってもいられない気持ちになってしまう。

 一度も、手を握ったこともないけど、本当は、その手を握りしめたい。

 そして、...抱きしめたい...。

 だから、このままっていうのは、本音的には苦しいところがあるけれど、

 ずっと会っていられるのなら、それだけでも、飛び上がるほど嬉しい!」


 こんなふうに、言えれば良かったのかな、と。(絶対に言えませんけど!)


 けれども、自分の過去の事を知っている彼女に、そんなことを言うのは恥知らずのように思えるし、彼女の方でも2度の恋愛顛末を私が慰めている、という事があり、お互いに遠慮しているものがあったのですね。


 彼女も勝負をかけるなら、これくらいはっきりと、誤解のないように言ってくれたなら。

 谷山浩子 『夜のブランコ

    私は夜咲く ガラスの花よ あなたの手で壊して

    かけらになって、粉になっても あなたが好きよ、好きよ!


 って、望みすぎですよね。


 そして、私は物書きとして生きていこうと決意を固めていた時期でしたので、食っていけなくとも自分の生き方をしたかった。

 とても、セシルお嬢様を苦労させずにやっていく自信がありませんでした。


 田村隆一『見えない木』 より、一部抜粋

     雪のうえに足跡があった

     瞬時のためらいも 不安も 気のきいた疑問符も そこにはなかった

     ぼくの知っている飢餓は
     このような直線を描くことはけっしてなかった
     この足跡のような弾力的な 盲目的な 肯定的なリズムは
     ぼくの心にはなかった


 そう、彼女のように「弾力的な 盲目的な 肯定的なリズムは ぼくの心にはなかった」のです。

 生活に苦労して夫婦げんかをするなんて、やりたくない。喧嘩などしたなら、自分の中の何かが失われてしまう、という感覚がありました。


 この日、私は一緒に電車に乗って、彼女の地元駅まで送っていきました。途中2.3度、乗降客が混雑した時に彼女の背中に手をまわして、軽く自分の方に引き寄せたことがあっただけです。

 駅に着いても彼女はありがとうと言わず、電車を降りて、改札を抜け、自宅への道を歩いていきます。私はUターンするつもりでいたのですが、そのまま自宅まで送ることになりました。

 その辺が、お嬢様たるところなのかもしれません。


 彼女は「寄っていって」と私に言い、豪壮な家に招き入れました。

 私は、想定外のことにあわてましたが、

 母親と顔を合わせ挨拶をして、応接室で高級な酒など味わい、気押されるばかりでした。


 私は応接のソファーの左端に腰を下ろしたのですが、彼女は向かい側には座らず、私の左の肘掛けに片足を乗せるように座りました。彼女の腰が顔の近くにあり、太ももが視界の左側に見えて、否応なしにオンナを感じてしまいました。

 こうして、私たちは、相思相愛になっていたはずなのですが、私はとうとう彼女の言葉に一言も応えることはなかった。

 お互いの気持ちを確かめ合うことはついになく行き違ってしまい、失意の彼女はイギリスに留学して行ってしまいました。

 私はよく女性から「あなたって、鈍感ね」とか、「女に冷たい人」と言わたものですが、精神的なタイプの男は自分の内面を女性に投影しますので、生身の女性とでは齟齬をきたすところがあるのです。

 このようなたぐいの人は、男であれ女であれ、付き合うことは難しいものです。結婚などするのは罪を作るようなものです。


 「好きと言えばいいのに...」という伊藤咲子の『乙女のワルツ』のようにはいかない、22歳の別れでした。

 過不足なく相手に伝えるということは、難しいものがあります。

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