前回、本当は泰葉さんの記事を書こうと思っていたのですが、いろいろ火種が残っているようですので、芸能ネタになるのを避けるために取りやめにしました。
他者の話を材料にすると、どうしても背後の状況が分からずに憶測になってしまいますので、詳細に論じることはできません。それで、時効となった古い過去の経験を素材にしました。
他者の話を材料にすると、どうしても背後の状況が分からずに憶測になってしまいますので、詳細に論じることはできません。それで、時効となった古い過去の経験を素材にしました。
泰葉騒動は、端的に言って女性の精神的な自立の問題なのだと思います。
彼女はお嬢さん芸からプロになろうとして、行き詰まった時に、小朝から「うちの子にならないか?」とプロポーズされて、結婚した。
30男と25過ぎの女ですから、年齢的にはごく普通なのですが、泰葉さんは精神的には自立していないですね。ですから、うちの子にならないか、というプロポーズがある。
男には、まだ色に染まっていない女の子を妻にして、自分色に染めてみたい、という潜在的な願望があります。
特に、自分の感覚・趣味性にこだわりを持つ人はその気持ちが強い。そして、それはすなわち精神的に未熟な部分、幼児性でもあるのです。子どもの部分を持っている。
一方で、女性は相手の男に合わせようと自分を変えてくる度合いが男よりも大きいですから、付き合いの度合いが深いほど、その色合いが強いものです。
男と別れた女性が、いくら、過去を清算したと思っても、それがにじみ出てくるのです。
強固な自分の世界を持っている男というのは、そういうものを敏感に感じて嫌います。彼は、自分の世界にあるものは、すべて自分の感覚に合うものしか置きたくないから。
特に、相見る(あえて古語で記す。意味は男女が交わること)時に、それを(強く)感じるもので、女性が無意識にさらけ出すからでしょうね。
男は、イノセントな女性を、未熟な少女のまま保護していたい。
生身の女は、否応なしに大人になっていき、一人の自立した人間として成長していく。
そのような関係できていて、泰葉さんが一人の大人の女性として自立しようとすれば、この結婚のあり方を脱しなければならないのは当然のことなのです。
そして、それをやるにはものすごいエネルギーを必要とする。一暴れするほどのエネルギーを振り絞らなければ、出来ないことだと思います。
普通は、それをためらって、内心はこの亭主!とか思いながら、心の中にナイフを光らせて、老いて弱ってくるのを待っているわけですね。
身勝手な男と一緒になって、何十年も我慢している妻は、この亭主殴ってやりたいとか、踏みつけにしてやりたいとか、極端に言えば殺してやりたいとか、思ったことのない人はいないでしょう。
泰葉さんが「この金髪▽▽野郎!」とか、言ったり書いたりしたのは、40代50代の妻ならごく普通に持っている怒りの感情で、取り立てて騒ぐほどのものではありません。それを言うか言わないか、という違いだけですから。
この怒りの感情というのは、まさに自分が不当に扱われてきた事に対する、自分の心を大事にしたいというごく正当な感情ですので、それが理解できれば、「おお、やってるな」くらいにしか、意味はありません。
また、男の方も、「言われて当たり前だ」と思っているものですから、保護していた青い鳥の、鳥籠を開けて、自然界の大空に「無事で生きてくれ」と放つような気持ちを抱くと思う。
生身の女性を、子どものまま保護し続けることなど出来ない事は、よほど自己中の幼児的人間でもない限り、思い知らされるはずです。
マスコミが騒いでいるほどには、やっていることはどうと言うほどのものはないですね。
能ネタになてしまうから、派手に見えるだけです。
(この記事は、12月23日に書きましたが、内容の連続性を考慮して日付を繰り上げ、順番を変えてあります。)
彼女はお嬢さん芸からプロになろうとして、行き詰まった時に、小朝から「うちの子にならないか?」とプロポーズされて、結婚した。
30男と25過ぎの女ですから、年齢的にはごく普通なのですが、泰葉さんは精神的には自立していないですね。ですから、うちの子にならないか、というプロポーズがある。
男には、まだ色に染まっていない女の子を妻にして、自分色に染めてみたい、という潜在的な願望があります。
特に、自分の感覚・趣味性にこだわりを持つ人はその気持ちが強い。そして、それはすなわち精神的に未熟な部分、幼児性でもあるのです。子どもの部分を持っている。
一方で、女性は相手の男に合わせようと自分を変えてくる度合いが男よりも大きいですから、付き合いの度合いが深いほど、その色合いが強いものです。
男と別れた女性が、いくら、過去を清算したと思っても、それがにじみ出てくるのです。
強固な自分の世界を持っている男というのは、そういうものを敏感に感じて嫌います。彼は、自分の世界にあるものは、すべて自分の感覚に合うものしか置きたくないから。
特に、相見る(あえて古語で記す。意味は男女が交わること)時に、それを(強く)感じるもので、女性が無意識にさらけ出すからでしょうね。
男は、イノセントな女性を、未熟な少女のまま保護していたい。
生身の女は、否応なしに大人になっていき、一人の自立した人間として成長していく。
そのような関係できていて、泰葉さんが一人の大人の女性として自立しようとすれば、この結婚のあり方を脱しなければならないのは当然のことなのです。
そして、それをやるにはものすごいエネルギーを必要とする。一暴れするほどのエネルギーを振り絞らなければ、出来ないことだと思います。
普通は、それをためらって、内心はこの亭主!とか思いながら、心の中にナイフを光らせて、老いて弱ってくるのを待っているわけですね。
身勝手な男と一緒になって、何十年も我慢している妻は、この亭主殴ってやりたいとか、踏みつけにしてやりたいとか、極端に言えば殺してやりたいとか、思ったことのない人はいないでしょう。
泰葉さんが「この金髪▽▽野郎!」とか、言ったり書いたりしたのは、40代50代の妻ならごく普通に持っている怒りの感情で、取り立てて騒ぐほどのものではありません。それを言うか言わないか、という違いだけですから。
この怒りの感情というのは、まさに自分が不当に扱われてきた事に対する、自分の心を大事にしたいというごく正当な感情ですので、それが理解できれば、「おお、やってるな」くらいにしか、意味はありません。
また、男の方も、「言われて当たり前だ」と思っているものですから、保護していた青い鳥の、鳥籠を開けて、自然界の大空に「無事で生きてくれ」と放つような気持ちを抱くと思う。
生身の女性を、子どものまま保護し続けることなど出来ない事は、よほど自己中の幼児的人間でもない限り、思い知らされるはずです。
マスコミが騒いでいるほどには、やっていることはどうと言うほどのものはないですね。
能ネタになてしまうから、派手に見えるだけです。
(この記事は、12月23日に書きましたが、内容の連続性を考慮して日付を繰り上げ、順番を変えてあります。)
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