叱られることと愛されることは、人の心を育てていく上で重要な事件ですね。以前に叱られることについて触れましたが、その続きを中断したままになっていますので、取り上げておきます。
初めに親の育て方についてひと言申し上げておきたいのですが、決してよい子に育てようと思うな、と言いたいのです。
初めに親の育て方についてひと言申し上げておきたいのですが、決してよい子に育てようと思うな、と言いたいのです。
少し乱暴な言い方なのですが、よい子に育てると社会に出てから人一倍苦労させることになり、決して本当の愛情ある育て方ではない、ということです。
私的に言うならば、よい子というのはspoilde child (直訳は甘えん坊)なのです。
親に気に入られようとして、自分の本当の気持ちを押し殺してしまった、自立していない子どもです。
言ってみれば、親依存症ですから、結婚すれば伴侶に依存し、社会では上司のイエスマン、友達同士では嫌われたくない症候群の八方美人。メンタルブロックをいっぱい持っていて、心の中で葛藤している内に、プッツンしたり、ウツに陥ったり、酔うと酒癖が悪くなったりする人が少なくない。
そうならないようにするには、親は自分に都合の良いように育てようとは思わないことです。自分に反抗したら、おお成長しているなと、すべてをひっくるめて受け止めてあげなければいけないでしょうね。そうでなければ、子どもの心は育ちにくくなります。
自分にはそのような傾向があるのかないのか、しっかりと見据えなければ、望ましくない人間関係を招いてしまう危険性があるわけです。
さて、親以外の人、とくに初めて異性に愛されるということは、人生でも最も心を揺さぶられる事件の一つだと思う。
清岡卓行
『氷った焔』1959年2月 書肆ユリイカ
「子守唄のための太鼓」
二十世紀なかごろの とある日曜日の午前
愛されるということは 人生最大の驚愕である
彼は走る
彼は走る
そして皮膚の裏側のような海面の上に かれは
かれの死後に流れるであろう音楽をきく
愛されるという驚き、歓喜、そして陶酔と不安感がさりげなく表現されている、私の好きな詩の一つです。
愛されるということは、間違いなく自分の心を育てる契機となります。
言い換えれば、自分がよい方向に変わる大きなきっかけになる、ということです。
先に述べましたように、「人は相手と自分との関係性にマッチするように自分を変化させる」という適応行動をとります。この行動は、子育て期の両親と私たちとの関係で身につけていった第二の天性だといえるでしょう。
親の愛情に包まれ、その期待に応えながら、成長してきた自分が、
やがて親離れをして、異性と付き合い、愛し、あるいは愛される経験に出会う。
男であれ女であれ、相手が自分に抱いているであろうイメージにふさわしい人間になろうとするのは、ごく自然なことです。
そして愛する方も、多くの場合過剰な期待とイメージを相手に抱き、それにふさわしい人間になりたいと自分を高める努力をするものです。
その根底には、当然ですが、好きな人から愛されたいという願望があるからですね。
この時に、親との関係性が大きくその人を左右するのです。
親に反抗することも含めて、受け入れられて育った人は自分の率直な気持ちを出せるのですが、親への反抗を厳しく叱責された経験を持つ子は相手に嫌われることを過剰に恐れ、自分を押し殺そうとする。
ここの違いは、結果にものすごく大きな違いをもたらします。
自分を出せる人は、相手とぶつかったり仲直りしたり、喜怒哀楽を繰り返しながらも望ましいパートナーシップを形成していきます。それで壊れる関係であれば、結ばれるべき相手ではなかったということで、納得できます。
しかし、嫌われたくないと自分を殺す場合、際限なく一方的な関係になってしまうのものです。ぜったいにバランスがとれません。
よい子というのは、多くの場合こちらのタイプに入ってしまうのですね。他者の規範を自らの規範として受け入れてきたために、それが習い性となって性格の一部になっているのです。
不毛な男女関係はほとんど基本的にこういう関係です。
特に、日本人の女性はそういう人が多い。
女性が自立した人で、男が未熟だという場合は、女性が男を一人前に育てるということがありますが、その逆の場合、男は女性を自分の都合の良いようにしようとはしますが、自立させようと考える事はほとんどないですね。際限なく、女性に負担を強いるものです。
以前に『手紙』の歌詞解説でなかにし礼に言及しましたが、彼は「自立している女性が好きだ」とNHKの番組で言っていました。私もそういう考えですので、炊事・洗濯・お掃除といった主婦業を求めませんが、反面で女としての品格みたいなものを求めてしまいます。
それは女性らしい思いやりや愛情、家庭的な温かさとか、男への理解だとか、仕事への理解だとか...。ですから、自分を高めようとする気持ちのない人は、このタイプの男からは「もっと大人になりなさい」と突き放されます。
女は恋をすると無分別になってしまうものですが、そうなる前にじっくりと考えておくと良いでしょうね。
際限なく男に従属したり貢ぐような生き方を甘んじて受け入れるのか...
互いに高めあえる生き方をするために、精神的に自立していく、ある意味で孤独で大変な道を選ぶか...
私的に言うならば、よい子というのはspoilde child (直訳は甘えん坊)なのです。
親に気に入られようとして、自分の本当の気持ちを押し殺してしまった、自立していない子どもです。
言ってみれば、親依存症ですから、結婚すれば伴侶に依存し、社会では上司のイエスマン、友達同士では嫌われたくない症候群の八方美人。メンタルブロックをいっぱい持っていて、心の中で葛藤している内に、プッツンしたり、ウツに陥ったり、酔うと酒癖が悪くなったりする人が少なくない。
そうならないようにするには、親は自分に都合の良いように育てようとは思わないことです。自分に反抗したら、おお成長しているなと、すべてをひっくるめて受け止めてあげなければいけないでしょうね。そうでなければ、子どもの心は育ちにくくなります。
自分にはそのような傾向があるのかないのか、しっかりと見据えなければ、望ましくない人間関係を招いてしまう危険性があるわけです。
さて、親以外の人、とくに初めて異性に愛されるということは、人生でも最も心を揺さぶられる事件の一つだと思う。
清岡卓行
『氷った焔』1959年2月 書肆ユリイカ
「子守唄のための太鼓」
二十世紀なかごろの とある日曜日の午前
愛されるということは 人生最大の驚愕である
彼は走る
彼は走る
そして皮膚の裏側のような海面の上に かれは
かれの死後に流れるであろう音楽をきく
愛されるという驚き、歓喜、そして陶酔と不安感がさりげなく表現されている、私の好きな詩の一つです。
愛されるということは、間違いなく自分の心を育てる契機となります。
言い換えれば、自分がよい方向に変わる大きなきっかけになる、ということです。
先に述べましたように、「人は相手と自分との関係性にマッチするように自分を変化させる」という適応行動をとります。この行動は、子育て期の両親と私たちとの関係で身につけていった第二の天性だといえるでしょう。
親の愛情に包まれ、その期待に応えながら、成長してきた自分が、
やがて親離れをして、異性と付き合い、愛し、あるいは愛される経験に出会う。
男であれ女であれ、相手が自分に抱いているであろうイメージにふさわしい人間になろうとするのは、ごく自然なことです。
そして愛する方も、多くの場合過剰な期待とイメージを相手に抱き、それにふさわしい人間になりたいと自分を高める努力をするものです。
その根底には、当然ですが、好きな人から愛されたいという願望があるからですね。
この時に、親との関係性が大きくその人を左右するのです。
親に反抗することも含めて、受け入れられて育った人は自分の率直な気持ちを出せるのですが、親への反抗を厳しく叱責された経験を持つ子は相手に嫌われることを過剰に恐れ、自分を押し殺そうとする。
ここの違いは、結果にものすごく大きな違いをもたらします。
自分を出せる人は、相手とぶつかったり仲直りしたり、喜怒哀楽を繰り返しながらも望ましいパートナーシップを形成していきます。それで壊れる関係であれば、結ばれるべき相手ではなかったということで、納得できます。
しかし、嫌われたくないと自分を殺す場合、際限なく一方的な関係になってしまうのものです。ぜったいにバランスがとれません。
よい子というのは、多くの場合こちらのタイプに入ってしまうのですね。他者の規範を自らの規範として受け入れてきたために、それが習い性となって性格の一部になっているのです。
不毛な男女関係はほとんど基本的にこういう関係です。
特に、日本人の女性はそういう人が多い。
女性が自立した人で、男が未熟だという場合は、女性が男を一人前に育てるということがありますが、その逆の場合、男は女性を自分の都合の良いようにしようとはしますが、自立させようと考える事はほとんどないですね。際限なく、女性に負担を強いるものです。
以前に『手紙』の歌詞解説でなかにし礼に言及しましたが、彼は「自立している女性が好きだ」とNHKの番組で言っていました。私もそういう考えですので、炊事・洗濯・お掃除といった主婦業を求めませんが、反面で女としての品格みたいなものを求めてしまいます。
それは女性らしい思いやりや愛情、家庭的な温かさとか、男への理解だとか、仕事への理解だとか...。ですから、自分を高めようとする気持ちのない人は、このタイプの男からは「もっと大人になりなさい」と突き放されます。
女は恋をすると無分別になってしまうものですが、そうなる前にじっくりと考えておくと良いでしょうね。
際限なく男に従属したり貢ぐような生き方を甘んじて受け入れるのか...
互いに高めあえる生き方をするために、精神的に自立していく、ある意味で孤独で大変な道を選ぶか...
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